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おおきくすっ転んでスリーアウトチェンジ

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隔てた世界 12

「おそらく一瞬の迷いが判断を誤った。これは我ら、いや、私の責任だな」
 ぱくりと羊羹をひとくちで飲み込んで、孫市は表情を変えずにそう言った。
「得られた証言通り、盗賊集団の隠れ家を襲撃し彼らを捕えた。盗品の山も隠されていたので間違いないと思ったがのだな」
「間違えた、と」
 戸惑いの表情を浮かべる家康に、孫市はためらいもなくうなずくのだった。
「統一された模様の刺青、ここ最近江戸近辺に出没している盗賊集団、隠れ家の場所。全ての情報を繋ぎ合わせて向かったが、我らが探していた者たちではなかった。確かに入手した絵の模様に良く似てはいたが、どうやら微妙に別系統だな」
「どういうことだ」
「ひとつの首領から枝分かれした集団だな。だから刺青が似ていたのだろう」
「では似た盗賊たちを探せば」
 済む話だ、という家康に、孫市は何かを言いかけて、黙り込んだ。彼女の何か窺うような視線に多少居心地が悪くなって身じろぎする。脇息に持たれるような真似はしない。確かに家康は天下人だが、雑賀衆とは契約を結んだ間柄である。主従というのとは違う、と思っている。それでも命令すれば徳川の名の元に彼らを消滅させることもできるだろう。それだけの権力がある。しかし行使するつもりは無論なかった。個人的な味方をひとつ失くすだけだ。つまり、雑賀孫市とは対等なのだ、と今でも思っている。
(彼女はどうか知らないが)
「先ほど言っただろう。何者かに邪魔をされているのではないか、と」
「あ、ああ」
 どこか見透かすように、孫市が目を細めた。内心思っていたことを悟られたのではないかとどきっとする。
「心当たりはないか」
「と、言うと?」
「宝具を取り返すのを快く思わない連中に心当たりはないか、という意味だ」
「・・・・・意味が分からん。何故そんなことを?」
「・・・・・・・・・」
 邪魔をされるいわれはない、と心底不思議そうな顔をする家康だったが、まさか、と青ざめる。
「もしかして元親は呪いを解こうとしていない、のか」
 それなら辻褄があう、と腕を組む。
 もし、元親が不老の呪いを解きたいと思っていないのならば。失くしたというのは嘘で、手鏡は元々彼の知り合いか、盗もうとした盗賊にはいどうぞとあげた可能性はないだろうか。
 元親の呪いを解きたい、と願っているのは家康である。だが元親自身の口から、そうしたいと聞いたことはなかった。
 もうここにはいられない。
 それを聞いた時、彼は悲しんでいるのだと、友である家康ともう会えないだろうことを寂しがってくれているのだと勝手に信じ込んでいた。だがもし、そうでないとしたら?確かに寂しがってくれていたとはいえ、不老のままで良いと思っているのだとしたら。
「わしは、自分の都合で、元親の意に沿わぬことをやっているのだろうか」
 もしそうだとしたら、これまでのことは何だったのか。救いたい、いつでも彼の帰る場所でありたいと願っていた自分は浅はかだったのか。
 うつむいて顔をてのひらで覆う家康をじっと眺めて、孫市はひとつ大きく息を吐くと颯爽と立ち上がった。
「何の根拠もなしにああでもないこうでもないと悩んでも無駄だ。元親のことはさておくとして、奪われたものを取り返すのが我らの仕事だ。引き続き手鏡の行方を追う」
 それだけ言うと振り返りもせずに部屋を出て行く。彼女は優しい言葉をかけることも、否定することも、嘲笑うこともしない。
「ああそうだ、その前に毛利の様子でも見に行ってみるか」
 あの偏屈な男は何を考えてここに留まっているのか。
 家康に報告したいことは他にもあったが、急を要することではない。今は家康には落ちついて考える時間が必要だと判断した。
 家康のところへ案内してくれた彼の側近に元就のことを尋ねると、会ってもよいか当人に聞いてくる、と駆けだしていく。拒否されればどうしようもない、と言外に告げられては苦笑いするしかない。家康の言い張る通り、元就は軟禁されているわけではないようである。おそらく外へ出ないのも自分の意思であり、そこには何らかの意図が隠されているに違いなかった。
 彼は元親を呼び寄せるための餌、だと聞いている。そのような言い方は家康はしなかったが、そのつもりで住まわせている。だがもし元就におびきだされるように元親が現れたとして、呪いが解かれたからとそのまま彼に別れを告げる、という確証はない。
(連れて逃げる、という推測を立ててはいないのだろうか)
 きっとそんな発想など家康にはないのだろう。そしてそれは驚くことではない。
 長曾我部元親と毛利元就が宿敵同士であり憎み合う仲なのは誰もが知るところである。二人の間に誰も知らぬ関係があったとは孫市でさえ思っていない。命をかけてもよいがあの二人に甘い関係などありえぬ。
 それでも、と万が一を思う。
 【元就を浚って逃げる】ことを、そのまま彼を救いだしてふたりで仲良く生きて行くなどと夢物語ばかりに直結するわけではないのである。
 そこを履きちがえてはいけない。
 彼らは互いを疎ましく思い、殺し合いをする間柄である。
 そこに何の変化もない。これまでも、これからも。



 隆景の指示通り、つかわされた盗賊集団の隠れ家の前で、元春は数人の部下たちと身を隠して中の様子をうかがっていた。
「何だってこんなことを」
 不機嫌さを隠そうともせず呟く。
「長曾我部の不老の呪いを解かないのは、父上をひとりぼっちにしないためだ、なんて隆景は言いやがる。兄上までもそれに乗った。でもさ、何で長曾我部なんだよ」
 まさか自分たちの預かり知らぬ間に、二人の間に口にするも憚れるような関係が出来上がっているのではあるまいな、と一瞬だけ考えて、いやそれはありえないと首を振る。【ありえない】。それは揺るがない事実だ。だから、なおさら、理解できない。
 何故、長曾我部元親でなければならないのか。
 少し考えれば分かることだ、と隆景は言った。
 もう何年、あのふたりを見ているのか、と、心底馬鹿にしたような目で。
「くそっ、知らねえよ」
 だったら手鏡を取り返して、自分がその不老の呪いとやらにかかってしまえば、ずっと父のそばにいられるのではないか。それについての隆景の答えは保留、である。
 さて、そんな簡単に人は不老という呪いにかかるものなのか。
「元春様」
 部下がそっと声をかけてきた。
 荒れ放題の寺院は膝丈ほどもある雑草の庭に囲まれ不気味極まりない。破れた障子戸の向こうからゆらゆらと灯りが漏れていて、中に人がいることが確認されている。近隣の村人たちは決して寄りつかないのだと言う。お上に通報しても、賄賂を掴まされてそのまま放置されているらしい。
「役立たずの徳川の世。仮初めの泰平の世だ」
 天下人様はこんな山間の小さな集落のことなんて、まるで気にかけていないんだろう、ともごもご不平不満を洩らしつつそっと部下たちに合図する。まずは包囲して出入り口を固め、一気に突入する。簡単な作戦だ。策なんてあったものではない。だが猪突猛進、考えるより行動して武功をたてろ、が元春のいつもの手だ。
「行くぞ」





**********************


ヒント:これはチカナリではありません。(別に他のCPになるというわけではない)

拍手ありがとうございます。
そろそろゴールが見えてきたかな?
続きは今度こそ来週(笑)
みなさまよい週末を。












 

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隔てた世界 11

 家康のもとに一通の手紙が届いたのは、茶室で元就と話をしてから三日後のことだった。送り主は雑賀孫市。待ちかねた、雑賀衆頭領からの定期便である。三月に一度ほど、進捗の報告が送られてきてはいるがこれまでほとんど何の成果もあげられないことに、家康も、そして孫市自身ももどかしさを感じていた。
 雑賀衆は関ヶ原での戦がうやむやのうちに終わり徳川の天下へと時代が移って以降、傭兵集団というよりも情報を主に取り扱う貿易集団へと変化を遂げていた。独自の海運ルートを持ち、外国との交易も行っている。それと同時に国中に錯綜するあらゆる情報を仕入れ、高く売ることを生業としていた。それでも必要とあれば軍事集団としての活動も行っている。また信頼のおける依頼人であれば、小さな仕事も請け負っていた。
 元親から手鏡を奪った盗人を捕え、手鏡を取り戻す事を依頼していた家康だったが、ただそれだけのこと、と高をくくっていたのが間違いだったようだ。江戸中に監視網を敷いて犯人を捜したが彼らの網にかかることはなく、すでに江戸の外へと捜索範囲を広げている。しかし目撃証言があるわけでもなく頼りは酔っぱらった元親の証言だけでひどく難儀な失せ物探しであった。
「家康様。いかがされました?」
 手紙を読みながら眉間に皺を寄せる家康に、側近が声をかける。
「ううん・・・。少し引っ掛かることがあってな。それより、安芸の方はどうだ?」
「は、毛利家はおとなしくしているようですが」
「不審な動きはないか」
「と、申されますと」
「いや・・・・。元就殿を取り返そうとか、彼が死んだような風聞が流れているとか」
「風聞についてはちらほら、単なるうわさ話の域を出ません。しかし毛利家内部は魔窟のようなもの。すでに隠居したはずの毛利元就の元固い結束は揺るがず、身内の中でもごくごく僅かな間柄にしか本音を漏らそうとはしませぬ。内部に潜り込んだ草ですら内情はまだとらえられておらぬ様子」
「うん」
 そうだろうな、とうなずく。毛利家の中枢は得体の知れぬ別世界のようなものだと認識している。元就の嫡男であり現毛利家当主の隆元は素直な男のようだったが、両川と呼ばれる彼の弟たちが問題だ。武の吉川元春、智の小早川隆景。特に隆景については元就の知略を濃く継いでいる。彼は数年前から、水軍を率いて海賊討伐にいそしんでいるようだ。
「一度孫市を呼び寄せよう。手配を頼む」
「はっ」
 平伏し、静かに駆けだす配下を見送って、家康は姿勢を崩すと脇息にもたれて嘆息した。


*************************


 ひとつ、一度掴みかけた宝具の行方が突発的事態のせいでうやむやになった。
 ふたつ、確かに毛利家は呪いを解く方法を文献の解読から行ってはいるようだが、それにしてはのんびりしている。
 みっつ、毛利元就が江戸に軟禁されているという噂が西国で流れている。

 三つの情報をもたらした孫市を見て、家康はいよいよ顔をしかめた。
 対座しているのは雑賀衆をまとめる女頭領、孫市だ。優に三十は超えているだろうがその若々しさも雄々しさも何ら損なっておらず、かえって生き生きとしているように見える。戦う女はいつまでも美しいものなのだろうか、とちらりと思った。
 挨拶もそこそこにこれらの話を端的に伝え、じっと家康の反応を待つ。
「・・・・・とりあえず、詳しく聞かせてくれ。宝具の行方は見つかりそうになったのだな?」
「ああ。だが肩すかしをくらった。どうやら邪魔をする者がいるようだな」
「何?」
 どういうことだ、と身を乗り出す家康に、孫市はずずずと茶を啜ってから楊枝を刺した羊羹を手に取る。
「ふむ、さすがは良い菓子だ」




 元親が酔って失くした手鏡は、事実、通りすがりの泥棒が適当に盗んだ品物の中にあった。元親の証言はあまりに曖昧でふわふわと捕えどころのないものだったが、一点だけ特徴があったという。
「刺青?」
「そうです。こんなふうに、」
 と、隆景は筆でさらさらと紙に見聞きした模様を描いていった。それは角の生えた馬のような、竜のような、実に奇妙な獣だった。見たこともなければ聞いたこともない。想像上の妖怪か何かなのだろう、と彼は言った。奇妙な絵をじっと見つめ、隆景のすぐ上の兄が面倒そうな顔をする。
「こいつを探せって言うんだな。けれどこの日の本中捜しまわれっていうのは無茶だ」
「いえ、実は草の者を東へやって調べさせたところ、ここ十年ほど江戸近辺で活動している盗賊集団が皆そろってこの痣のような刺青を体のどこかに彫っているらしいのです。きっとその中に手鏡を盗んだ者がいるはず」
「じゃあ宝具を取り返したも同然じゃないか。すでに監視させているんだろ?」
「はい。しかし雑賀衆に先を越されるわけにはいきませんので、少しばかり罠を張らせてもらいました。その隙に兄上は東へ行って鏡を取り戻して頂きたいのです。もちろん徳川には内緒で」
「・・・・・なあ、徳川や雑賀に知られずに手鏡を奪還して、それでどうなるんだ?」
「どうにも。彼らは見つかるはずのない宝具を探し求め続けるでしょうし、手鏡は元の通り厳島の宝物殿へ納めておしまいですよ」
「分からねえ。鬼にかかった不老の呪いを解きたくない、てのは理解した。だが宝具を徳川に取り返させないことがどんな意味を持つんだ」
 首を傾げて足を投げ出す元春に、隆景は彼以上に面倒そうな顔をしてみせた。むっとして弟を叱り飛ばそうとしたが、結局口論では弟に叶わないことは昔から知っている。お互いもういい大人なのだから、いちいち喧嘩をするのもどうか。
「呪いを解く方法を探してはいるが未だ文献の解読が進まない、という理由で待ってもらってるんですよ。いつまでも通用するわけがないでしょう。そろそろ、それなら文献ごと寄こせと言ってくるに決まっている。もしそうなったとして、文献を奪われても肝心の宝具がなければ彼らは長曾我部元親にかけられた呪いを解くことはできないんです」
「ちなみにその文献には、呪いを解く方法は書いてあるのか?」
「ありますよ」
 あっさりうなずく隆景に、元春は目を剥いた。
「・・・・・・やっぱりすでに解読は終わってたのか」
「ええ。これまで解読は我々が、手鏡を取り戻すのは徳川が、と役割を分担してきましたが、あれからもう一年、そろそろ徳川も焦れてくる頃です。先に手を打たねばなりません」
 隆景はにこりと笑う。それは父、元就が敵を策に陥れたときと同じ冷酷な笑みだ。背筋が凍るような、それでいて美しい。
「雑賀衆はその規模の小ささから、情報収集にはあらゆる情報網を敷いています。そこに潜り込んでさも協力すると言う顔をして手伝って差し上げたんですよ。適当にね。ああ、ちゃんとこちらも実際に全国を歩いて情報のやりとりを生業としている氏子集団を使いましたのでご心配なく。つまり雑賀の動きは筒抜けです」
 そろいの刺青をした盗賊集団の偽ものを仕立てあげ、そちらへ雑賀の目をそらす手筈を整えたのだだと言う。
「では兄上、よろしくお願いします」





***************************


ところでこのたらったら書いてるSSもどきをここまで読んでくれてる人いるのだろうか(笑)
続きは来週、になるかも~









 

隔てた世界 10


 まだ安芸から連絡はこないのか、と僅かに焦ったような声で尋ねる家康に、彼の忠実な部下はさらに頭を低くした。
「幾度使者を送っても、まだ時間がかかるとの返事。どれだけの文献を紐解いているのかと尋ねても、大昔の書ゆえ解読に時間がかかっているようです」
「そうか」
 嘆息して、他に誰もいない廊下をふたりひたひたと歩く。続く先は完全な私的空間であり、よほど気心の知れた配下しか立ち入りを許さなかった。奥屋敷との境には見張りの兵がふたり、深々と頭を下げて天下人を通す。
「元就殿はどうしている?」
「は、茶室に」
「・・・・・ふうん」
 茶室か、と家康は近習に目配せして下がらせた後庭へと出た。
 自分のためだけに作らせた館、自分のためだけの茶室。そこに人を招いたのはこれまでにふたりだけだ。元親は茶の湯なんて、などと言いながらも、常時の振る舞いからは想像できないほど礼儀正しく茶をたてていた。嫌々教え込まれたのだと眉間に皺をよせながら、小さく切り取られた菓子をほおばっていたのを覚えている。そういう仕草のひとつひとつを見るたびに、ああ彼はまがりなりにも国主であったのだ、と思い知らされる。気の良い友人、海の男、四国を司る主。みっつの顔を持つ長曾我部元親という男の存在は、家康によって三成に対するものとも違う、ひどく心地よいものだった。彼には嘘をつく必要がなく、正面から何を言っても彼が怒ることはなく、ただ大人びた顔で困ったように笑う。年月が流れ自分だけ中年と言っても良い年にさしかかろうと、変わらぬ姿で元親はただ微笑んでいた。
 留まる場所がないのは辛かろう、居心地が悪かろうとこの館を提供し、ほとんど江戸を離れることの叶わぬ家康の代わりに国の外の事や海での出来事を尽きることなく話してくれた。いつまでたっても弟に対するような接し方は、外見年齢が完全に逆転してしまっても変わらなかった。
 元親の存在は家康にとって不変のものであったが、元親の時間が止まったままということはこの先必ず別れが来ることを意味していた。それはどうしても我慢ならないと思った。秀吉も、半兵衛も、三成も、大谷も、もう彼のそばにはいない。誰よりも一緒にいた忠勝すら昔のようにいつも隣りにいるというわけにはいかなくなった。彼の背に乗って自由に空を飛ぶことすら叶わない。それは家康自身が選んだ道だった。
 いっそ閉じ込めてしまおうか、などと考えたこともあったが、きっと一か所に留まるような男ではないとすぐに打ち消した。ならば、いつでも帰ってこられる場所でありたい。けれど日に日に元親は姿を消したままもう二度と戻らぬのではないかという焦燥感が強くなっていった。彼はいつも別れ際には軽く手を振って、またな、と言い残す。だが最後に彼を見送った時はどうだ。元親は振り返って雄々しく笑んで、じゃあな、と言ったのだ。それを聞いた時家康は悟った。これは今生の別れのつもりではないかと。そして、決して寂しそうな目をしていなかった鬼の隻眼について考える。彼はひとりではない。少なくとも元親自身はそう考えていない。どこか余裕のある表情。何か企むような笑み。そして考える。彼はいつでも、ひとりではないと分かっているのだ。
 ああ、わしもそうであったなら。
 けれどそれは叶わない。呪いの宝具を手にしたとしても、家康は不老でありたいとは考えないだろう。時代は継承するものだ。太陽のように人々を照らす存在でありたいけれど、人であることをやめて神になろうなどと。幾度となく復活し日の本を混乱させた大六天魔王のようにおそれられる存在になってはならぬ。
 元親のように奔放に生きられるのなら、不老であっても誰も自分のことを知らぬ土地へ行って身を隠す事は出来る。では元就はどうか。
(彼は厳島から出ない。毛利家にとって毛利元就という存在はすでに神に等しい)
 だからこそ元親は彼を連れて行くか、そばにいようとするだろう、と結論づけた。それが今でなくていい。自分たちを知る者が老いて死に絶えた数十年後であろうと何ら構わないのだ。時間の進む自分たちとは違い、彼らには余りある時があるのだから。
「元就殿」
 声をかけてにじり口から声をかける、ふわりと湯気が漂って、茶の芳香が鼻をくすぐった。
「いいだろうか」
「ならぬ、と申したところで貴様は入るのであろう。ならば好きにするがよい」
 どうでもよさそうな返事とともに貴人口の障子戸が開けられ、ぬっと真っ白な腕が差し込まれた。
「では失礼する」
 質素だが品の良い着物をつけて、元就はひとり誰もいない狭い茶室で湯を沸かしていた。
「何ぞ愚痴でも吐きにきたか」
「いや、そういうわけではないが。それよりあなたこそ文句がたくさんおありだろう」
 どうだ、と目を上げれば、華奢な背はぴんと延びたままちらりとこちらを見上げただけで表情はなかった。
「退屈な一年ぞ。だが悪くはない」
「そう、なのか?」
 元就が江戸へ連れられてきて四つの季節が巡っていた。軟禁しているわけではないので希望があればいつでも厳島へ戻って用を済ませることを許可していたが、元就は一度も帰りたいとは言わなかった。ただひたすら、この隔離された静かな場所で、茶をたてたり書を読んだり庭を散策したりのんびり暮らしている。何でもないような顔で、どうでもよさそうに。それが家康には理解できなかった。
「元就殿、隆元殿に文を出してはくれないか」
「我が出したところで何とする?」
「だがあちらからあなたが息災かどうかの文は月に一度来るのに、あなたは一度も返事を出していないではないか。これでは変に思われてしまう」
「変に、とは」
「だから・・・・・。わしが、あなたに無体を強いているのでは、とか、そういう」
 事実、何度も安芸からは元就の暮らしぶりを事細かに尋ねる慇懃無礼な手紙が山のように来ていた。元就自身の筆跡で返事がないことをひどくいぶかしんでいるのだろう。この館に滞在する限り、元就は自分から動かない限り外からの干渉を一切受けない。密かに処刑されたのでは、などと風聞がたっては非常に困る。
「家族が心配している」
「否、そんなことはあるまい」
「何故そう言い切れる?現に隆元殿からの文が」
「煩わしいだけよ。我は外界と隔てたこの場所が存外気に入っておる。邪魔だてするなと言ってやれ」
「元就殿」
 取り付く島のない様子に、家康は何も言い返せず、癇に障るほどに丁寧に差し出された茶を啜った。
 困惑した表情を貼りつかせたまま茶室を出て行く家康の背を見つめながら、元就はひっそり唇の端を上げて笑う。
「やつらもよく、やっておるわ」
 決して直接言うことのない賛辞を、そっと風に乗せた。






隔てた世界 9

「隆景が?」
 無表情のまま問う元就に、隆元は平伏していた体を起こすとうなずいた。
「はい。御心配には及びませぬ。単なる海賊討伐の船団を指揮するだけのこと」
「否、心配などはしておらぬが。そうか」
 何か言いたそうに細めた目を、隆元はどうにか堪えて正面から受け止める。しばらく無言で見つめ合い、元就は仕方なさそうに小さく嘆息した。
「まあ良い、それで徳川はいかにしておる」
「はい、呪いを解く方法はこちらで文献をひもとくゆえ、とりあえずは手鏡を奪い返すための算段を練るよう進言致しました」
「ふん」
 鼻で笑って、茶番ぞ、と呟くのを聞こえぬふりをした。
「雑賀衆の力を借りるようです。そろそろ出立の時間かと。お見送りなさいますか?」
「誰が?我がか?」
「・・・・・・いえ、失礼つかまつりました」
 わざとらしく聞き返す元就の、機嫌がほんの少し下降したのを敏感に察知して頭を下げる。では、と立ち上がったところで、失礼する、と許可を求める声と同時に部屋の扉が開かれた。まるで声をかける意味がない。
「毛利殿」
「無礼な、と言いたいところだが大目に見てやろう。準備が済んだのであれば去るが良い」
 ひらりと手をぞんざいに振る元就に歩み寄り、家康はにこにこ笑いながら、有無を言わせぬ口調で彼の細い手をとった。
「一緒に来てほしい」
「・・・・・・・何だと?」
 険しい目でじろりと睨んだ。隆元は予想外の状況におろおろするばかりだ。誰か止めてほしい、と思ったが、真っ先に激高して止めにかかるだろうすぐ下の弟も、冷ややかに制止するだろうその下の弟もここにはいない。重臣たちは元就をおそれながらも天下人たる家康を止められるはずがない。
「貴様、戯言も大概にしろ。なにゆえ我がわざわざ出向かねばならぬ」
「わしは元親に会いたいのだ」
「ならば探せば良いではないか」
「いや、仮に見つけたとしてもあいつは江戸へ来てくれないだろう。だがあなたがいると知れば会いに来てくれる可能性が高い。否、必ずきてくれる」
「要は人質というわけか。だがやつめの容姿が変わらぬことを貴様の配下たちはおそれておるのであろう?ならば我もまた同じ事。人目に晒されるのは好かぬ。それとも嫌がらせのつもりか」
 何故、元親が元就に会いに来るなどと思うのか。
 何故、誰もかれもが理解不能なことを語るのか。
 苛立たしげに掴まれた手を離そうと腕を引くが、たくましい腕にがっちり捕えられて身動きができない。さっさと誰か助けろ、と殺意に似た怒りを込めて周囲を見渡すが、隆元をはじめとした毛利の連中は戸惑うばかりだ。
(役立たずどもめが)
 胸中で知る限りの罵詈雑言を吐いてから家康の返事を待つ。
 これが家康の、元就へ対する子供じみた仕返しだと言うのならば相応の対処を考えねばならない。江戸へ連れて行き軟禁状態にするつもりかと誰もが緊張した面持ちでふたりを眺めやる。しかし家康ははっとしたように手を離すと、困ったな、と苦笑して頭をかいた。その仕草は昔の、若かりし頃の癖そのままで、何も変わらない。
「大丈夫だ、毛利殿だと分からないよう手配する。屋敷の中ではわしのみが立ち入ることができる範囲内で自由にしてくれて構わない。うるさい年寄りどもも寄り付かない大事な一角が確保されているんだ。元親も、江戸で過ごすときはそこに寝泊まりしていたんだ」
 下手に騒ぎになってしまったから、もうそこにいれば良いというわけにもいかなくなったのだ、と家康は言った。
「我を鬼を呼び寄せる餌とするか」
「言い方は悪いが、そうだ。その程度のことはいいだろう?そうでもしないと元親はわしに会いに来てくれない」
 元親元親と、名を連呼する家康を元就は心底軽蔑するような目で見た。
 馬鹿馬鹿しい、と思う。
「我が江戸にいるなどと鬼は知るまい」
「いいや、必ず来る。あなたに別れを告げに」
「・・・・・・・別れ」
「手鏡を奪い返し呪いを解く。そうすれば元親の不老の呪いは解かれ、普通の人としての時間がまた進み始める」
 切ないような、それでいてどこか誇らしげな顔で、家康は元就を見た。
「そうすれば、毛利殿、あなたと元親は生きる時間がずれていく。あいつは老いてあなたは若く美しいままだ」
「・・・・・・・・・」
 鬼は人になり、人は人ならざる神の眷族と永遠を共にすることはできない。
 家康が、元就の老いぬ理由を知ったわけではない。けれど元就は呪われたわけではなく、元親とは違う理由で若さを保ったままだと本人の口から聞いたのだから、元就が人であって人ならざる身であることを察知したのだろう。
 そして我々とは違う時間を生きる者なのだと。
 だから別れを、と。
 当たり前のことを当たり前のように、残酷に告げる。
「一緒に来てほしい。決して不自由はさせない。不快な思いもさせない。徳川が接収した厳島の宝具の取り扱いについて助言をするために江戸へわざわざ来てくれた。わしが呼び寄せ歓迎しているのだと、そういうことにする」
 誰にも文句は言わせない、と強い目が言う。
(だがそれは我のためではないではないか)
 体の芯が、臓腑がひやりと冷たくなっていくのを元就は感じた。
 騙され自分を殺そうとした友と会うため。
 そしてその友とまた同じ時間を生き、杯を交わすために何でもやるのだとそう言う。
「貴様は相変わらずだ。結局かつての戦のときと同じよ。私情とそうでないものとを一緒にすれば混ざり合うとでも思っているのか」
「大事なものはなにひとつ失いたくないだけだ。そのためならわしはどんな我が侭でも通す。そのために天下を手にしたのだから」




***********************



家康に悪気はありません。
元親と会いたいだけなんだよ。










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