「解せませぬ。なにゆえ天下人たる徳川家康様がおいでなのか。詳細は別にと書かれておりまするが父上には何か心当たりが」
相談事があるのだと言う。文の宛名は毛利家当主である隆元になっていたが、内容は理解不能なもので、詳しくは直接元就に告げたい、とあるのだ。普通ならばこの時点で毛利家の主をないがしろにしていると激高するところだろう。だが実際のところ隠居したとは言えいまだ毛利と中国の覇権は元就のものであり、事あるごとに難題を解決する策を講じるのもまた元就であった。新たな当主の座についた隆元も例外ではなく、周囲から見ればまだまだ甚だ頼りない。父が偉大すぎると本人すら知らぬうちに抑圧されるものだ。そうとは気づかないうちに自分は一人では何もできぬと思いこんでしまう。
それを危惧したからこそ、元就はあっさりと第一線を退いて嫡男に下げ渡したのだが、毛利家の基盤が不安定なままでは雲隠れしてしまうわけにもいかぬ。
「この間隆景が来た」
「隆景ならいつもちょくちょく顔を見せにくるではありませんか」
それが何か、と首を傾げる隆元を冷ややかに睨んで、舌打ちする。
「昔鬼が盗んだ宝物について随時探りをいれさせておるのだ。いくら馬鹿でもそろそろ呪いの効果に気づくはず。で、あるならばどこぞへ相談事を持ちかけたであろうな」
「宝物・・・。昔話して下さった、あれのことでしょうか。お伽噺かと思っておりましたが実在するのですか?」
「しておるから盗まれたのだ。そろそろそなたに継がせようと思うておるのだが」
「え、それは」
途端に頼りない子供の顔になってうつむく様は、元服した子供がいるようには到底見えない。そもそも顔立ちの幼い家系なのだろうかとどうでもよいことまで考えて、元就は扇子をぱちんとたたんだ。
「あれは御伽噺などではない。そなたが怖がるゆえ適当に装飾して話しただけのこと」
なお悪い、と隆元は嘆息する。
「呪われた宝具など私の手に負えるとは思えませぬ。それより、徳川様の来訪とその宝具が盗まれた件と、関係がおありなのですね?」
「良いか、あの鬼は、宝物の呪いに気づきかつ宝物がこの厳島から奪い去ったものだと知ればすぐさまここへやってくるだろう。だがその気配なく徳川からの文が来たと言う。つまり鬼は宝物の出所を知らぬ。そして忌々しいことにあの鬼は徳川と懇意にしておるではないか」
どうせ他の金目のものと一緒に奪い去った後がらくたの山の中にでも放り込んでいたのだろう。自由に海を荒らし気ままに暮らす。おのれにはもはや国主としての器などないと、さもそう言い聞かせるかのように、国の復興をある程度終えた後長曾我部元親は四国の地に留まることをしなかった。案じた徳川家康は彼を幕臣として迎え入れようとしたがそれを拒否。かろうじて客人の身分として気が向いた時に江戸に在住しては宝の地図を広げて次の航海へと準備をする日々だと聞く。
老いぬ呪いに気づいたとすれば、それは周囲にいる人間、そして誰よりも近しい友である家康も気づく。呪いの源を捜すだろう。
「宝物を常に携えていたのでしょうか?」
「品定めした後そうしたのだろう。あれの好みそうなものよ」
「お守りか何かですか?」
「否、もっと女々しい」
「女々しい?」
ふいに、先ほど見た美しい女を思い出す。さらりと流されたまま何も聞くなと無言で命じられたが、果たしてあれは何だったのか。あとで探してみよう、と思いながら考える。
「降参です。教えてください」
「手鏡だ」
「手鏡。・・・ああ、なるほど」
美しいものが好きだと豪語していた鬼が、なるほど常に持っていそうな女々しい道具である。
「では徳川様の来訪は、その手鏡が厳島の宝物であるかどうかの確認と、呪いを解く方法なのですね」
「さて、それはどうか」
呪いを解く方法、を探るのか。呪いとは何か、それを調査にくるのではないか、と元就は考える。いかに天下人であろうと決して成しえぬ悲願。不老不死。それが叶う宝物が手の内にあるとしたら。
「素直に宝物をお返し下さりはしますまい。むしろ・・・・・・」
他にその呪い、否、奇跡と言えるかもしれない力の及ぶ者はいないか、それを知るためにくるのではないか。それは脅威だ。隆元は背筋が寒くなるのを感じた。
「父上・・・・・・」
「慌てるな」
青ざめた表情で立ち上がろうとする隆元を制して、元就は思案深げに細い顎を指でつまむ。
「わざわざ征夷大将軍が毛利の地へ足を踏み入れるのだ。他にも何かあろう」
「ゆゆしき事態だと?」
「双方にとって、な」
自分たちの知らぬうちに、東で何かがおきているのやもしれぬ。
「使者をおくれ」
そして将軍殿を迎え入れる準備をな、と。
元就の表情は余裕に溢れていて、隆元はほっと胸をなでおろすのだった。
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ちょっと短いけどキリがいいので今回はここまで。
あ、これ後先何も考えてないよ。書きながら考えてるよ。
どうなるんだろうね?(笑)
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