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おおきくすっ転んでスリーアウトチェンジ

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隔てた世界 13

 ひとりぼっちじゃねえか、という元親の言葉は彼自身をも悩ませる結果になっていることを、言われた本人は知らなかった。
 一体それがどうしたというのか。もとより日輪の加護の元にあるというのに、それ以外の何も望まぬ。天下を掌握しても良いと思ったのはすべて毛利家のためであり、中国のためである。そのために何を裏切ろうと、味方についた(ように見せかけた)西軍がどうなろうと知ったことではない。むしろ石田軍の瓦解を促進しようとすら考えた。結局風来坊の乱入で計画はあっさりと頓挫してしまったが、それでも大谷が倒れた今となっては石田など脅威ではない。ただ家康を恨むだけの私的感情だけで動く男が軍を操れるはずがなく、徳川の世に傾いた時点で何の手も打てなかった彼には復讐とやらを遂げる力があるわけもなかった。
 で、あるならば。目下のところ邪魔者は徳川と、そして目障りな長曾我部である。徳川の権勢は毛利家を脅かす厄介な存在だ。けれどいまのところ毛利の家と中国の地に手出しするそぶりは見えない。消極的黙認といったところだろう。監視の目はあるがよほどのことがない限り毛利の内政に口は出さないようである。
 行方をくらませた長曾我部元親だったが、四国は彼以外の優れた家臣たちの手によって政は行われてきた部分が大きい。なので、長曾我部の人間は目障りではあるものの脅威ではなかった。
 それでも物足りない、と元就は思う。
 自分たちの間には何ら決着がついておらぬ。つける機会を失った。
 理解しようともされようとも思わないが、曖昧なままもう数十年が過ぎようとしている。ふたりの間に横たわるのは瀬戸海と遥かな隔たりで、互いに理解することを放棄した元就と元親はすでに宿敵、などと優しい言葉では表現できないほどに捻じれている。それが望んだ結果ならばそうなのだろう。
「理解などできぬ。我を理解できるものなどおらぬ。それで良い」
 ひとり呟く元就の背に、人の気配が迫った。
 振り返ることなく無視し続けたが、やがて気配はあと一歩のところで立ち止まって、ざり、と地面を踏む音だけがやけに大きく響くのだった。
「久しぶりだな毛利。相変わらずだな」
「雑賀孫市か。貴様も相変わらずと見える」
 互いの「相変わらず」という言葉にはそれぞれ違う皮肉がこめられていたが、さらりと流した。
「聞いていると思うが、元親のカラスめが厳島から奪ったあげく盗人にすられた手鏡の件だがな、肩すかしをくらったぞ。せっかく取り戻してやろうとしたのだが」
「そうか。所詮はその程度の実力ということか。雑賀の名も落ちたものだな」
「機嫌が良いようだな毛利。何かいい知らせでもあったか」
 ふ、と笑ってそう言うと、ようやく元就は振り返った。
「毛利。徳川は何も気づいていないようだが、私には何となく分かる気がする」
「何をだ」
「おまえが望むもの。おまえが待っている理由。おまえの時が止まった意味」
 家康が気づくはずがない。何故なら彼は元親の最も近い友人でありながら、外から彼を見ることをしなかったからだ。
 孫市は知らぬことだが、おそらく隆景あたりが気づいたのは最も元就に近い位置にありながら客観的に父という存在を崇拝しているからだ。そう元就は思う。ゆえに、雑賀孫市という女は聡く、不快ではない。
「おそらく元親も同じだろう。それも一種の、そうだな、絆というやつか」
「その言葉を口にするな。反吐が出る」
 嫌そうに顔をしかめる元就に笑い返して、孫市は背を向けた。
「引き続き手鏡を探すとは言ったが、どうやら見つからないようだな。おまえが相応の金を払うと言うのであればおまえの望みを叶えるための努力をしてやるが」
「我の望み」
「そうだ」
 立ち止まって、高い塀に囲まれ切り取られた真っ青な空を見上げた。
 息苦しくはないのだろうか。
 ここには潮の香りが届かない。彼の愛する厳島のように、さざなみの音も聞こえない。
「すでに西国ではおまえが江戸に軟禁されているという噂が流れている。その割に毛利家が動く気配はないが。元親はおそらく、ほとぼりが冷めた頃にまた日の本へ戻ってくるだろう。それまで待つかどうかはおまえ次第」
 元就の時間は限りない。しかし、湯が沸くのを三年待つような無意味な待ち時間などあるだろうか。
「徳川から契約金の前払い以外を取り損ねたからな。初めから無駄だと分かっていれば引き受けなかった」
「結局は金か」
「昔からそうだ。我らの力を認める者に我らはつく」
「訂正しよう。貴様は長曾我部の味方をしたいだけであろう」
「頭の悪すぎるカラスが哀れすぎてな」
 動くか、動かないか。
 僅かに振り向いて様子を伺えば、無表情の中に困惑を隠せないでいる元就が突っ立っていて、孫市は少しだけ笑った。
 元親を案じるのは家康も同じだ。ただ、彼は彼視点でしか友人を見ていない。
 元親の望んでいること、考えていること、やろうとしていること。
 そこを見通すには、家康は人が良すぎるのだろう。おまえはこんなはずじゃない、こんなやつだ、と、自分の中の理想と、相手の美しさばかりを信じて。
 元就と真逆なのだろうといまさらながらに思う。
 人と世界の負の感情ばかりを思う元就と、人は誰でも絆の元に分かりあえると信じている家康。同じ光を力の源とするにはあまりにも違いすぎる。求める相手は同じで、けれど求める方向性が違う。
 幸せであれば良いと孫市は投げやりに思う。
 その幸せとやらは、しかし誰もがすぐさま思い浮かべるような優しいものだけではないと、家康は気づいているだろうか。





 その知らせを運んできたのは、常に傍らにある相棒だった。自由に空を飛びまわり、数日姿を消したかと思えば唐突に舞い戻ってくるのだから、もういちいち心配していてもキリがない、と元親は頭をかいて鳥の頭を撫でる。
「ああ?おまえ何だそれ?」
 見れば細い足に見覚えのない小さな紙がぐるりと巻きついていて、きっちりと紐が結ばれている。文だ。ご丁寧に油紙で包んで濡れても平気なように配慮してある。
 家康だろうか、とちらりと思ったが、この鳥は江戸になじもうとせず元親が江戸城にいる間はずっと港に停泊している船にいたから、家康と知らない間に友好を結んだとも思えない。
 丁寧に外しくるくると開いて中を確認すると、元親は隠されていない方の目を細めて唸り声を上げた。
「いらねぇ世話寄こしやがって・・・」
 いくらでも時間があるのだから、と思ったのが間違いだったのだろうか。
 いつからか老いないと知った時、即座に脳裏に浮かんだのは暗緑色の戦装束に身を包んだ冷酷な男のことだった。ざわ、と全身に鳥肌がたったあの瞬間をいまだ覚えている。江戸で好奇の目にさらされ、家康に心配された日々をかきけすような衝撃。臓腑を抉るような熱い快感。本気でふるうことのなくなった碇槍の重さを思い出す。
「どうだっていいんだ、不老がどうとか、そんなことは。そこじゃねえ、俺は。俺の望みは!」
 たったひとつ。
 体内の血が沸騰するような、あの感覚を取り戻して、元親は大海原の真ん中で叫ぶ。



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 次くらいが最終回かなあ







 

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