腹に響くような鈍い音が周囲の空気を震わせ、やがて風をかきまわしながらプロペラが回り始めた。
知らない者が耳にすれば大きな虫の羽音に聞こえたかもしれない。
不快で、ひどく不安になる音色だ。
森の中にぽっかりと切り開いた空白地帯から戦闘機がのぼっていく。
胴体に描かれた祖国のマークは埃や土で汚れていたが、見上げる人々は誇らしげにいつまでも敬礼する手を下げなかった。
さようなら、さようなら。
口の中で繰り返し呟きながら兵部は彼らの輪から離れた場所でそっと敬礼を送る。
さようなら、きっともう二度と会えないだろう名前も顔も知らない軍人さん。
「ばっかみたい」
他人が聞けば眉をひそめて激昂するだろうセリフをためらいもなく口にしてくすりと笑う。
力を持たないものはこうして無意味に命を散らしていく。それを当り前だと思っている。
そして尊い犠牲だと万歳をするのだ。この世界は狂っている。
「京介、そこにいるの?」
涼やかな声が背後で聞こえて、兵部は振り返った。
暗い木々の間からひとりの少女が姿を現す。
栗色の長い髪を揺らして、同じ色の軍服を着た血の繋がらない姉が走り寄ってきた。
豆粒のように小さくなった戦闘機を一瞬だけ眩しそうに眺め、すぐに視線を戻す。
「何やってるの?あまり宿舎を離れると叱られるわよ」
「うん。隣の部隊で大きな声上げてたから何だろうって思ってさ」
「何だったの?」
基本、超能部隊は一般の部隊から離れた場所に隔離するように囲われていた。
無用なトラブルを避けるための配慮であったが、その上の指示がさらに一般の軍人たちと超能部隊に所属する者たちとの溝を深めていることに上層部は気づいているだろうか。
訓練を終えて宿舎へ戻らなければならなかった兵部だったが、まだ日は高く与えられた部屋へ戻っても何もやることはない。
それならばせっかくの自由時間だと思って散歩でもしようと森をさまよっていたところだった。
大きく道を外れても空へ上がれば帰れるだろうと、特に焦ることもなく目的ももたず歩いているといつの間にか別部隊の駐屯地へ出ていたらしい。
いくつもの戦闘機がおかれた無防備な森の中の空白地帯で数十人が輪を作って万歳三唱している。
どこでも見るごく普通の光景だったが、そのうちひとりが戦闘機に乗り込み敬礼をして飛び立っていったのだ。
パイロットの表情は悲壮だったが、もはや何もかもをあきらめた目をしていた。
これからたったひとりで死地へと赴くのだろうと簡単に予測ができた。
何の任務かは分からないが、敵地はここからそう遠くない。
そんなようなことをかいつまんで説明し終えると、不機嫌そうな顔をしている姉を見て笑みを浮かべてみせた。
まだ十五にも満たない無邪気な子供らしさを表現してみせたつもりだが、なぜか不二子は硬い表情を崩そうとはしないのだった。それが兵部には分からない。
自分は何か間違っているだろうか。
「帰りましょう。隊長が新しい副隊長を紹介したいって言ってる。正式に命令が下りるのは来週だけど、先に私たち直属の部下には説明しておくって」
「ふうん。その人超常能力者?」
「違うと思うわ」
「なんだ。つまんないの」
「でも隊長の古い知合いですって。きっといい人だと思うわ」
「そんなの分からないじゃないか」
不二子について歩きながら不満を漏らすと、彼女は意外そうにぴくりと片方の眉を上げてみせた。
「あら、あんたがそんなこと言うの」
「どうして?」
「隊長の知り合いなんだからきっといい人だと思ったのだけれど。そうは思わない?」
聞かれて、兵部はしばらくその意味を考えたがどうも思うところは微妙に違うようだ。
能力者を差別せず、むしろ仲間であるかのように優しい隊長の知り合いだから、副隊長もいい人なのだろう、という不二子の推測は納得できるようで何の根拠もなかった。
それだけ隊長を信頼しているということなのだろうが、たとえ隊長がその知り合いとやらのことを信頼していても、その男が【いい人】かどうかなんてちっとも関係ないではないか。
「女の勘?」
「そう、女の勘。当たるでしょ、私の」
「あてずっぽうすぎだよ。それに当たったかどうかなんてずっと未来のことなのに、まだ分からないじゃないか」
「ああ言えばこういう。生意気ね」
言葉とは裏腹に、不二子は笑いながら肘で弟を突いた。
「ほら、早く戻りましょう。上官を待たせるなんて論外よ」
「通常なら銃殺ものだね」
「それはないでしょ。せいぜいぼこぼこに殴られて営倉行きね」
絶対嫌だ、と、ふたりは顔を見合せて笑った。
自分たちの上官がそんな心の狭い人間ではないと分かっての行動である。
夏コミ用にずっと温めていたお話を放出することにしました(笑)
オフ活動は停止っていうか休止っていうか中止っていうかそんな感じと思われます。
PR